5年くらい前のことになる。
同じクラスに姫っぽい女子がいた。
家柄が見るからに裕福そうだとか、話し方がいかにも貴族っぽいとかそういうことではなく、
色白で華奢で、キュートというよりプリティーで、すらっと細い指の、そんで極め付けに姫カットの、学年に一人いそうでいないが偶然私のクラスにいた、そんな感じの子である。
ここでは彼女をいっそ姫と呼ぶことにしよう。
(追記:そういえばマジのマジで「(名前)姫」って呼ばれてたことあとから思い出した。)
姫とは2年間クラスが同じだったが別にいつもいるグループがかぶっていたわけでもなかったので、特段仲良くはならなかった。
一緒にご飯を食べるくらいならなんとかなるけど、遊びに行ったりはできないみたいな、その程度の距離感である。
で、その程度の距離感の人であった姫と2年目のクラスの時に少し仲良くなった…と言って良いのだろうか、まあそういうことがあった。
きっかけは体育の授業だった。
そう卓球の時間だった。
そのクラスは女子が少なく、卓球の相手を交換、交換、交換…していたら同じ人と2〜30分程度でまた当たってしまうくらい少なかった。
卓球程度なら軽い運動くらいで済むので、息切れすることなく少し話す余裕もある。
かといって、がっつり会話に集中しなくても良い。
この体育の授業が普段話さない人ともそれなりの会話を楽しむのに最適であったのだ。
受験生は勉強漬けで頭がおかしくなることが大変多いので、こういう社会的な機会がもてることは非常に精神衛生上よかったことだった。
姫とはこの時にプリキュアの話をした。
姫はプリキュアが大好きらしく、なんとちょうど世代だった5、6歳から当時までずっとリアタイしていたらしい。
ので、全てのプリキュアを知っていたし、なんなら変身の掛け声と変身名まで全て暗記していた。
ちょうど私もかの大人気コミックBLEACHの登場人物の変身時の掛け声のようなもの(解号という)を全て丸暗記していたので親近感が湧き、こちらも紹介してみたのだが、これは姫には全く受けなかった。
それどころか「なぜBLEACHが好きなのか。」ということを(本人にその気があったのかなかったのかは今となっては知りようも無いが)激詰めされた。
うまく返せなかったのでひたすらピンポン玉を打ち返して「あ〜、う〜ん。」みたいなことを呻いていた。
そんな折である。
今思えば自分がBLEACHの解号を丸暗記してますなんて言ったのが悪かったのだろうけど、
「じゃあプリキュアの掛け替えと名前も全員分覚えてよ。」
と姫が強めにピンポン玉を打ち返しながら言った。
意味がわからずそのピンポン玉は打ち返し損ねたのだけど、またBLEACHの面白さについて理詰めの答えを求められたら敵わないと思い二つ返事で了承した。
そのくらいやることがはっきりしていた方が、性格を掴みきれていない相手との会話は楽である。
ところがこれが失敗だった。
姫は結構スパルタだったのだ。
まるで昭和スポ根ものの漫画に出てくるような典型的な100本ノックのように、左右に体を大きく振られるラリーを続けながら姫は一球ずつ問題を出してくる。
姫は経験者でも無いのに何故か卓球がうまかった。
問題を出してくる、というのは事前に覚えてこいと指示があった上でラリー中には
姫「(変身時の掛け声)?」
ワイ「キュア〇〇!!!!」
みたいなやりとりを求められたわけである。
具体的には
姫「もぎたてフレッシュ?」
ワイ「キュアピーチ!!!!!」
みたいな感じである。
最近のプリキュアには特に「フルーツ」とか「ごはん」とか「星」とか何か一つのテーマがあてられていて(今やってるやつは「空」のようだ)、それに沿った名前や掛け声が考案されているようで、必然的に同じシリーズ内のプリキュアは似通った掛け声になる。
だからこの「もぎたてフレッシュ!キュアピーチ!」が属する「フレッシュプリキュア」は全員フルーツに関する名前を冠しており、掛け声も全員
「(色の名前)のハートは△△のしるし!
〇〇フレッシュ、キュア⬜︎⬜︎!!!」だった。
他のプリキュアについてはこちらを参照してもらうということで省略。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1132870686
さておき、この類似性が掛け声を覚えるのをかなり難しくしていた。
それはそれはもう鬼のような難易度で、当時受験生だった私は人生で一番暗記をしていたから相当に暗記には慣れていたはずなのだけれど、さっぱり覚えられず、体育の授業で毎回姫に怒られていた。
姫を怒らせてはいけないのでひたすら休み時間にまで暗記していた。
10年前のプリキュアの名前を、である(フレッシュプリキュアの放送年は2009だった)。
しかもフレッシュプリキュアだけにとどまらず、
ハートキャッチプキュア!
などなど、懐かしい名前から当時放映されていた最新のものまでみっちり仕込まれた。
最終的にまあまあ覚えた気がするのだが(我ながら偉い)、覚える過程で世界史の単語100個ぐらい抜けた気がする。
ついでに、HUGっと!プリキュア!では最終回で主人公が出産するのだとかいう特大ネタバレを姫から序盤にくらった。
とりあえず見る予定はなかったので良かった。
あとスター☆トゥインクルプリキュア!はガングロギャルが出てくるのだとも姫から聞いた。
こちらも結局見なかったが、これを聞いてちょっと見たくなったのは確かである。
これは全部卓球をやりながらの話である。
卓球のとき以外ではほとんど姫と話さなかった。
そんな姫とは高校卒業を機にぱったり会わなくなった。
コロナ禍の卒業(?)で、高校生活の最後はなんとなくなあなあで区切りのないままあやふやに終了し、お互いの進路も知らないまま別れた。
もちろんそんなに仲が良かったわけでもない私は、個人的に連絡先を交換したりもしようと声掛けしたりもできずそれっきりだったし、その後も機会がなかった。
同窓会もコロナが原因でなあなあのまま流れたので、会えずじまいだった。
その後も学年の中心メンバーが一念発起して再度同窓会の開催を企画したかと思いきや、別にそれほどやる気があったわけではなかったようで会場を抑えられないとかいうありきたりな失敗により、これまたなあなあで不開催に終わった。
去年ほども最後にみんなが各地に就職してしまう前にできなかった同窓会を果たそうじゃないか!とのことで企画メンバーが奔走していたようなのだが、蓋を開けたら参加希望者が20人(学年は280人)しかおらず、流れた。
思ったよりも高校の同期はドライらしい。
1週間経ったフランスパンくらいパッサパサである。
そんな折である。
姫との共通の某友人のインスタのストーリーにて、某姫を偶然見かけたのだ。
一瞬誰かわからず(姫の印象が強すぎて本名をうっかり忘れていたため)見逃したのだけど、確かに姫だった。
あと多分だけど、姫カットじゃなくなっていた。
なんとなく寂しかったけど、画面越しにだけど何とか再会を(勝手に)果たせたような気がして、少しホッとした。
通常通りいっていれば、彼女は就職しているはずである。
同窓会が開かれない限り、そんで開かれたとしてもお互いが何か気の迷いで偶然参加しない限り、
おそらくもう会うことはないんじゃないか、と少し思う。
さみしい。
でも、姫のおかげで今でもプリキュアの掛け声は今も頭の中にこびりついている。
同じ頃に必死に覚えていた英単語はすっかり忘れたし、
もう同級生の顔も声も大半は思い出せないし、
すっかり根無草になって地元に友達ももうほとんどいないのに、
いないのにである…。
…。
「ピンクのハートは愛あるしるし!
「ホワイトハートはみんなの心!
羽ばたけフレッシュ、キュアエンジェル!」
「ブルーのハートは希望のしるし!
つみたてフレッシュ、キュアベリー!」
「イエローハートは祈りのしるし!
とれたてフレッシュ、キュアパイン!」
「真っ赤なハートは幸せの証!
うれたてフレッシュ、キュアパッション!」
…。
おしまい。